スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ウォッチメン

ウォッチメン読破です。
まあ漫画なんで、さっくり行くかと思えば、けっこうこれが重い。
そもそもどんな作品かと解説すると、

カービー賞受賞
アイズナー賞受賞
タイム誌る1923年以降に発表された長編小説ベスト100に選出
ヒューゴー賞特別部門


と、数々の賞を受賞しているわけですが、日本人にはどうもぱっとしない。
自分も読んでから調べたのですが、要するに漫画としては異例の賞を受賞しているということ。
小説と肩を並べる漫画、とされるほど日本での漫画の地位は高くないにも関わらず、こうして高い評価をもらっているこのウォッチメン。
刊行は1986年ごろ、冷戦の影響を強く受けており、以前見たメガゾーン23が同じようなイメージの作品になるのか。
現代社会にヒーローが介入している、という一種のIFを軸に、絶対的な人格者ではないヒーローを描いている新解釈の初期の作品。ヒーローはすべて生身の人間であり、バットマンと同じあくまで一市民が徒党を組んだだけの組織。そこにドクター・マンハッタンという放射能実験で誕生してしまった本当のミュータント・スーパーヒーローの登場で、以前のヒーローは払拭されてしまう。

以下ネタばれ含む雑記。

もともと、この世界のヒーローというのは夢想家であり理想主義者であり、または人格破綻者であったり、要するにまともではない。しかし、まともではない人間がヒーローになったのではなく、ヒーローとはまともではない、という決して逆にしてはいけない作者の主張と世界観がそこにある。ヒーローが背負う正義の質を問う、その骨組みがこの作品にはがっちりと組みあがっていて、読み込むほど人物の心情の深さに感心する。特にコメディアンの持つ哀愁は、戦地帰りの兵のそれと同じような気がする。
登場するヒーローは、あくまで人間なので、決して超人的なパワーというものがない(マンハッタンを除く)。腕っ節はチンピラよりは勝るものの、彼らが作者から挑まれた挑戦に勝つために必要な力は、腕力ではなく、人間そのものだ。人間としての質が問われていくとき、平坦・平凡なナイトオウルは敗者となり、異端・下衆のロールシャッハは勝ち残る。なにを勝ちとするかで変わっては来るが、ロールシャッハは勝者のはずだ。平和を望むという模範者的なナイトオウルは、結局はオジマンディアスの考えに賛同してしまうが、それは意思を曲げたのと同義だろう。ロールシャッハは主義を変えることがなかった。最終的に彼のノートは世界戦争の引き金となるのだろうが、自分という人間を完結させたロールシャッハは勝っているのだ。

そもそもこの作品を知ったのはつい最近であった。
映画をやっていた、というのもぜんぜん知らなくて、日本の洋画離れとそれを促進するようなメディアにますます落胆した。
どうしても自分の洋画主義の心は変えられぬ、こればっかりは死ぬまでだろう、好みなのだから。
スポンサーサイト

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

そくろ

Author:そくろ
ホームページはこちら


Powered by ついめ~じ

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。